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越前打刃物の伝統と歴史 越前鎌、包丁行商物語 NO,16

『越前打刃物の歴史を調べていると、

知人から一冊の書物を紹介して頂きました。

 

昭和四十六年に発行されたこの書物は、

著者斉藤嘉造先生が書かれた貴重な物でした。

 

未来へと語り継ぎ、残していかなければいけないと思い、

この場をお借りし一部抜粋して、ご紹介していきたいと思います。

 

永い年月をかけ越前打刃物である鎌、包丁、鉈、鋏などが、

全国に広まった事実の物語です。』

 

行商の里 その4

 

服部谷や水間谷月尾谷の部落の中には、

今は鎌商いをする家は一軒もないが、

明治大正時代には数軒は鎌行商をしていたと

話す部落も多い。

 

そちらの話から推定すると、明治時代には

約二百名前後の者が行商したのではないだろうか。

 

昭和十三年に越前金物行商組合が成立した。

 

創立当時の組合員数は百七十三名であった。

 

これによれば服部谷、水間谷、月尾谷、河和田谷、鞍谷の

五つの谷の人達合わせて百五名で全体の六十二%を

占めており、更にその近隣の旧粟田部町、旧南中山村、

旧上池田村、旧北中山村の合計四十四名を加えれば、

全体にては八十六%を占めるのである。

 

これらの旧町村は当時はすべて今立郡に属しておったので

鎌行商人の八十六%は今立郡下の人達によって

営まれたという事になる。

 

当時組合に加盟しなかった者は僅少である事からみても、

鎌行商の主役は今立郡下の農民であったと考えられるのである。

 

 

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