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2015年5月

越前打刃物の伝統と歴史 越前鎌、包丁行商物語 NO,6

『越前打刃物の歴史を調べていると、

知人から一冊の書物を紹介して頂きました。

 

昭和四十六年に発行されたこの書物は、

著者斉藤嘉造先生が書かれた貴重な物でした。

 

未来へと語り継ぎ、残していかなければいけないと思い、

この場をお借りし一部抜粋して、ご紹介していきたいと思います。

 

永い年月をかけ越前打刃物である鎌、包丁、鉈、鋏などが、

全国に広まった事実の物語です。』

 

移り変わり 江戸時代から その3

 

次に江戸時代の越前鎌の卸商人と行商人との関係の

大要を述べてみよう。

 

江戸時代に越前鎌の販売の大部分は、

府中武生に住んでいた商人たちによって行われた。

 

彼等は鎌鍛冶から製品を買受け、全国各地の小売店に

売子を派遣して売込みをし売買契約をして、

商品を発送したのである。

 

彼等は産地の鎌卸商人であった。

 

商人の数が増加してその勢が強くなるにつれて、

鎌問屋株仲間結成の動きが出てきた。

 

鎌の販売の独占をねらったのである。

 

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越前打刃物の伝統と歴史 越前鎌、包丁行商物語 NO,5

『越前打刃物の歴史を調べていると、

知人から一冊の書物を紹介して頂きました。

 

昭和四十六年に発行されたこの書物は、

著者斉藤嘉造先生が書かれた貴重な物でした。

 

未来へと語り継ぎ、残していかなければいけないと思い、

この場をお借りし一部抜粋して、ご紹介していきたいと思います。

 

永い年月をかけ越前打刃物である鎌、包丁、鉈、鋏などが、

全国に広まった事実の物語です。』

 

移り変わり 江戸時代から その2

 

江戸時代の初期の田畑総面積が百五十万町歩であったが、

中期には倍増して三百万町歩となり、

その末期には四百五十万町歩となった事によっても、

その素晴らしい発展が理解できるのである。

 

農機具がこれに伴って大量に生産されたのは

当然の事である。

 

越前武生の鎌は、その高度の製作技術により、

切れ味よく永保ちするので、急速に全国各地に

売り広められたものと思われる。

 

その普及に重要な役割を果たしたのが

鎌行商人であった。

 

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越前打刃物の伝統と歴史 越前鎌、包丁行商物語 NO,4

『越前打刃物の歴史を調べていると、

知人から一冊の書物を紹介して頂きました。

 

昭和四十六年に発行されたこの書物は、

著者斉藤嘉造先生が書かれた貴重な物でした。

 

未来へと語り継ぎ、残していかなければいけないと思い、

この場をお借りし一部抜粋して、ご紹介していきたいと思います。

 

永い年月をかけ越前打刃物である鎌、包丁、鉈、鋏などが、

全国に広まった事実の物語です。』

 

移り変わり 江戸時代から その1

 

越前鎌の生産が始まったのは鎌倉時代といわれているが、

それが大量に生産され国外各地に移出されたのは、

江戸時代からであった。

 

武生の鎌鍛冶七十二軒が株仲間の結成を許可されたのは、

安永年間(1772~80)であり、鎌卸問屋三十数軒が、

株仲間の結成を許可されたのは、天保初年(1830年頃)である。

 

江戸時代は比較的平和が続き、農民の生活は貧しくはあったが

孜孜として農作物に励み、各領主は農林業の保護育成に

力を尽くしたので、その生産は大いに増加した。

 

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越前打刃物の伝統と歴史 越前鎌、包丁行商物語 NO,3

『越前打刃物の歴史を調べていると、

知人から一冊の書物を紹介して頂きました。

 

昭和四十六年に発行されたこの書物は、

著者斉藤嘉造先生が書かれた貴重な物でした。

 

未来へと語り継ぎ、残していかなければいけないと思い、

この場をお借りし一部抜粋して、ご紹介していきたいと思います。

 

永い年月をかけ越前打刃物である鎌、包丁、鉈、鋏などが、

全国に広まった事実の物語です。』

 

鎌屋さん その3

 

江戸時代から明治、大正を経て、鎌行商人の形態は

大きく変化した。

 

特に最近は、鎌など余り必要としない都市化した

旧農村地域では、鎌屋としての行商は成り立たず

専ら金物屋、家庭器具商として行商に変身したり、

行商地に住みついて金物小売店として、

手広く営業している例もある。

 

しかし依然として鎌、庖丁の売上額が全体の八割、

九割を占める鎌屋も数多くあって、

今日も各地の農家を訪ねてその需要に

こたえているのである。

 

「鎌屋さん」と呼ばれ、親しまれてきたこの言葉の中には、

鎌を媒介として産地の農民と鎌を買い求めて使用する

農民との数百年にわたる心の触れ合いが感じられる。

 

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大野市のイベント  "2015越前大野名水マラソン"

越前おおの結ステーションをスタート地点に、

5月24日(日)第51回名水マラソンが開催されます。

 

今年のゲストランナーとして、

月間250km超のトレーニングをつんで

数々の海外、国内のレースにも参加

アスリートとしても活動されている

タレントの森脇健児さんが、いっしょに走ってくれます。

 

種目として 

ハーフ / 10㎞ / 5km / 3km / 2km / 親子の部と

各部門があり、ハーフマラソンは日本陸連公認コースになっております。

 

この越前大野名水マラソンには、魅力がいっぱいあります。

 

ハーフの部の制限時間は2時間50分、

その他の種目は、正午のゴール閉鎖までと

たっぷり時間があります。

 

1km毎に距離表示を設置、ゆったり走れて

距離やペースのチェックが、可能です。

 

それから、ランナーと環境にやさしい

アマチュア自転車競技選手によるクリーンな先導で、

あなたをゴールまで誘導してくれます。

 

さらに、充実した給水サービスでコース中、

給水所4ヶ所、スポンジポイント2ヶ所を設置し、

あなたの走りをバックアップ。

 

ゴール後も冷たい名水が待っています。

 

そして、ランナーに好評の無料テーピング。

柔道整復師が、レース前後のコンディショニング、

ケアを実施してくれます。

 

これも好評の市外からの参加者には

もれなく、名水風呂入浴券をプレゼント。

レース後に疲れた体を癒せます。

 

レース以外のお楽しみとして、大会会場周辺

越前おおの結ステーションでは、

地元の特産物やスポーツ用品の販売。

 

また当日9時より、観光ボランティアとともに

大野のまちなかを散策する

「まちなか観光ウォーク」を開催します。

 

名所をめぐる1時間コースです。

待ち時間を利用して、是非ご参加ください。

 

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日時        平成27年5月24日(日) 

           開会式   午前8時~

           スタート時刻   午前9時10分~

スタート地点   越前おおの結ステーション周辺

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越前打刃物の伝統と歴史 越前鎌、包丁行商物語 NO,2

『越前打刃物の歴史を調べていると、

知人から一冊の書物を紹介して頂きました。

 

昭和四十六年に発行されたこの書物は、

著者斉藤嘉造先生が書かれた貴重な物でした。

 

未来へと語り継ぎ、残していかなければいけないと思い、

この場をお借りし一部抜粋して、ご紹介していきたいと思います。

 

永い年月をかけ越前打刃物である鎌、包丁、鉈、鋏などが、

全国に広まった事実の物語です。』

 

鎌屋さん その2

 

農家では「鎌屋さん」「越前屋さん」の呼び名で

迎え入れて、茶を出し旅の話などを聞きながら

一年間に使う農器具を購入したり、注文したりした。

 

鎌屋の中には五十年以上も同じ地域を

毎年訪問するので、親子三代にわたって顔見知りになり、

すっかり馴染んでしまう例も多かった。

 

特に宿泊する農家が決まっていて、そこには

十日も二十日も泊まり続ける事もあって、

その家族の一員に近い生活をし、

娘などが嫁入りして親戚関係に

なることさえあったという。

 

鎌屋になって行商した人達は主に

何処の人々であっただろうか。

 

それは武生の東部、三里山の東の服部谷、

水間谷、月尾谷、河和田谷、鞍谷などの

勤勉で忍耐強い農家の人であった。

 

その起源は、江戸時代の漆掻き職人(うるしかきしょくにん)が、

旅立つ時に持参した越前鎌を漆山近くの農家に、

売りに回った事によるものといわれている。

 

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大野市のイベント  第29回"九頭竜新緑まつり"

5月16日(土)・17日(日)九頭竜国民休養地で、

新緑まつりが開催されます。

 

ステージイベントとして、太鼓や踊り、郷土芸能などが行われます。

 

飲食、物販コーナーでは毎年大好評の旬の味覚を販売。

 

大野市内の特産品や新鮮な野菜を即売します。

 

他、交流市場では、県内の鯖江市、越前市、越前町より

里の幸、海の幸が販売されます。

 

特別企画として、透明なボールの中に入って

水上歩行が出来るウォ―ターダッシュや

中竜鉱山で実際に使われていたトロッコ列車に乗ったり、

どんな化石が出てくるか、ドキドキの化石発掘体験など、

ワクワクする催しものがいっぱい。

 

他にもスタンプラリーやクイズラリー、木工あそびに

フリーマーケットや新緑縁日など楽しいお店が勢揃い。

 

また、JR越美北線をご利用の方には、もれなくお買物補助券がもらえます。

※JR九頭竜湖駅から会場までの、往復無料シャトルバスを運行しています。

 

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日時     平成27年5月16日(土)・17日(日)

        午前9時~午後4時

会場     九頭竜国民休養地(福井県大野市角野)

お問合せ  九頭竜まつり実行委員会(福井県大野市朝日16-3-4)

        大野市和泉支所住民振興課内

        TEL(0779)78-2111

        FAX(0779)78-2821

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越前打刃物の伝統と歴史 越前鎌、包丁行商物語 NO,1

『越前打刃物の歴史を調べていると、

知人から一冊の書物を紹介して頂きました。

 

昭和四十六年に発行されたこの書物は、

著者斉藤嘉造先生が書かれた貴重な物でした。

 

未来へと語り継ぎ、残していかなければいけないと思い、

この場をお借りし一部抜粋して、ご紹介していきたいと思います。

 

永い年月をかけ越前打刃物である鎌、包丁、鉈、鋏などが、

全国に広まった事実の物語です。』

 

鎌屋さん その1

 

越前武生 (現 越前市) の町で作られた鎌が、

広く全国に大量に出回るようになったのは、

江戸時代の中頃と考えられる。

 

武生の鎌問屋が各地の金物小売り商人へ

鎌を卸し、農民が町へ出てその鎌を購入したことは

当然考えられるが、

それ以外に鎌行商人が、

武生の鎌生産者から直接仕入れをして

全国各地の農家を一軒一軒巡回し、

行商する方法があった。

 

その仕事は草深い山村の人達の

農閑期の出稼ぎ仕事としては、

利益が多く格好の副業であった。

 

鎌を主として、その他庖丁、なた、はさみ等を

入れた柳行李を紺の大きな風呂敷でつつんで

背中にかつぎ、冬と夏の二度、

定期的に各地の農家を訪ねた。

 

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越前打刃物屋のお客様 Fさん 続 別作光月作三徳包丁編

この包丁はいくら位の物ですかと尋ねられたので、

四、五千円位の物でしょうねと、お答えすると、

じゃあそれ以上の物にしますと、言われました。

 

それで、その包丁をよく見ると

木柄の部分が少し白く乾いた感じになっていたので、

この包丁食器洗い乾燥機に入れますかと、

尋ねてみると、毎回入れていますという返事が。

 

そのうち柄の部分が刃部よりも先に

痛んできますよと言うと、

それならば、この包丁にしようかなと

柄の部分が腐食しない

『別作』光月作三徳包丁を

選んでいただけました。

 

無くしてしまったという罪を補おうと、

それ以上の包丁を選択された、

お嫁さん思いの可愛らしいお姑さんでした。

 

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越前打刃物屋店主の入院日記 17日目 PM6:20

『急きょB病院に入院する事になり、

自分自身何もかも初めての経験で戸惑う事ばかりでしたが、

励ましや優しい言葉をかけて下さった先生や看護師、

スタッフ、沢山の人にささえられ、ようやく退院する事が出来ました。

 

しかしながら、退院を急がせてしまった為ほんの一部の人にしか、

ご挨拶が出来ませんでした。

 

出来ればお世話になった全ての方に、ありがとうの一言でも言えてたらと

悔いが残って仕方ありません。

 

これは、感謝の気持ちが少しでもとどいてくれる事を願い、

書かずにはいられなかった自分勝手なブログです。』

 

部屋を出てナースステーションの看護師さん達に

挨拶をしに行こうと思っていたら、

丁度、夕食の時間と重なり各部屋に食事を運んでいて

看護師さん達がバラバラに散らばっていた。

 

どうしょうもないので、すれ違う看護師さんに挨拶をすると

笑顔で微笑んでくれる人、「よかったね。」と声をかけてくれる人、

「ちゃんと書類もらったか。」と世話をやいてくれる人、

本当に有難うございました。

 

入院はあまり、したいものではありませんが、

この病院に入院出来た事、

病院の先生、看護師、スタッフの

頼りがいのある人、真面目な人、綺麗な人、

可愛い人、ちょっと天然な人、明るい人、

冗談を言って笑わしてくれる人、冗談にのってくれる人、

いつもニコニコ笑顔の人、世話好きな人、

このように沢山の人達に会えたことで、

辛い入院生活を人生の中の良き思い出の一つに、

皆さんによって変えてくれました。

 

本当に長い間お世話になりました。

 

そして、当日お会いすることが出来なかった皆さん

本当に本当に有難うございました。

 

また、どこかでお会い出来たら幸いです。

 

終わり

 

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